呉明憲コンサルタントの中国ビジネス日記

商社マンOBが中国をふり返る ~本音の中国を語ろう(その二)~漸く、商売が出来ました その4

前回のはこちら。

商社マンOBが中国をふり返る ~本音の中国を語ろう(その二)~漸く、商売が出来ました その3

私「その自衛隊基地襲撃、って私が生まれた時かな。初耳ですね。割腹ななんて、要は切腹ですよね?凄い事件でしたね。で、その後輩はその後どうしました?」

M「彼が入社した時かな、大陸の中国と日本は国交を樹立して、彼は大好きな台湾には行けず、大嫌いな大陸に行かされる事になったのですね。上海、大連に駐在しましたよ。大連で彼は当時の市長“薄熙来”の知遇を得て大連のビジネスでは大いに名を挙げたのです。この“薄熙来”氏はその後遼寧省書記、重慶市書記を歴任しまして、当時は将来国家主席になると言う見方さえあり、正に飛ぶ鳥の勢いが有りましたが、今の習近平主席との政争に負け、結局逮捕されて、政治生命を終えていますね。その薄熙来氏にI商事は大変お世話になり、その中の一つがI商事主催の大連ファッションショーで、これは中国東北地方の一大イベントになり、I商事の繊維部門はこのイベントのお蔭で大いに販路を拡大しましたよ。この薄市長にはこの後輩は仕事以外プライベートでも“大変”お世話になりましてね。」

 

私「何ですか?その、“大変”と強調されたのは。何か佳い事をして表彰されたのですか?家族ぐるみのお付き合いで、共産党幹部が利用する高級施設を無料で利用出来たとかーー。何でしょうか?」

M「あのね、これはお下劣なお話ですね。某商社の大連会社の日本人総経理が女性問題で公安に拘束されたのです。女性問題と言う事はアナタどういう事か、想像できるよね?中国ではこの外国人による女性問題には敏感なのです。その総経理をNさんとしましょう。我が後輩をFさんとします。NさんとFさんは日頃からの仕事とか飲み会でもしょっちゅう顔を合わせていたね。で、Nさんに女性問題と言う厄介な問題が生じた。Fさんは義侠心?を起こして薄市長に直談判をしたんだね。勿論I商事の東京本社とは連絡を密にして。Nさんは明らかに法律違反でこれを解決するには政治判断しかない。薄市長に“何とか穏便にして欲しい”とか何とか言ったんでしょうね。で、NさんはFさんの働きに拠り解放されました。Fさんによれば当時の大連では殆どの日本人はこの事件を知っていたそうです。“めでたし、めでたし”ですが、NさんとFさんの仲は微妙なものとなりました。二人はその1-2年後帰国しました。後年、Nさんは経産省の外郭団体に就職。小生もI商事退職後はその団体に就職、大阪勤務になりました。Nさんは東京勤務でして小生の面接試験に大阪まで来ました。当時小生はこの大連の事件は知らなかったですが、幸い試験にパスして以後5年間勤務しましたね。で、Fさんも同様に東京でこの外郭団体の面接試験を受けたのです。処が試験官はNさん他数名で内、Nさんは試験官のトップの地位でした。私は事前にFさんより、受験すると聞いていたので、合格間違い無しと想像していたら、予想外の不合格になりました。後でFさんにその辺りの事情を尋ねたら、矢張りNさんが強く反対したようですね。試験の時は、お互い目と目がぶつかり、Fさんは心の中で“ワシはアンタの秘密を知っているぞ。大連の留置場からアンタを出してやったのはワシですぞ”と言う目でしたでしょうね。一方NさんはFさんがもし入社したら、自分は居ずらくなる、頭が上がらないと言う事を心配したようですね。で優秀なFさんは番狂わせの不合格になったという事で、事実は小説よりも奇なり、と言う話だね。この話は直接Fさんから聞きましてね、色々あるなあ、と思いましたよ。」

 

続く


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