呉明憲コンサルタントの中国ビジネス日記

商社マンOBが中国をふり返る ~本音の中国を語ろう(その二)~漸く、商売が出来ました その5

前回のはこちら。

商社マンOBが中国をふり返る ~本音の中国を語ろう(その二)~漸く、商売が出来ました その4

 

私「へー!そんな事があったのですか。中国ではいろんな誘惑があるとは聞いていましたが、油断大敵、気を締める事ですね。私も注意します。特に赴任地の広東は地元の書記自身が嘆いていますよね。“広東は汚染されている”、って。」

M「この様な話は往々聞いたね。某製鉄会社の現地幹部も同様の女性問題を起こして留置場に入った。簡単に出してくれない。マスコミが気になる。中国の公安当局は社長の一筆が欲しいと言うので、本社では社長を拝み倒して何とか一筆を貰ったという話も聞いたね。中国側は中国人を侮辱したと映るので、いくら抗弁しても女性の言い分を認めるさ。男性の方は中国語もママならず、不利となるのは当然でしょーー。と、言う事で話は戻りますが、I商事は中国関係の人材は豊富で、多士済々の情況ですね。小生の先輩、後輩は中国好きな人が多いのです。この状況が中国ビジネスでは他社を大きく引き離している理由でしょうね。ごめん、話が大幅に横道に逸れたね」

 

私「いや、中々興味深いお話で思わず聞き入ってしまいました。で、色々準備されて大連に1979年夏に行かれた。今から38年前の事ですね。私が幼稚園に行っている時でしょうね。当時の中国、大連はどの様な雰囲気でした?」

M「文革が終わったけれど、まだ人々の心には爪痕が残っている感じ。外国人が珍しいのかまたは外国人に対し警戒心を持っているのか、いつもジロジロ見られていた様な気がします。人々の身なり、建物、車などは今とは比べる事ができないほどメタメタ貧乏。夏なので男性は人民帽をかぶり、上は開襟シャツ、男女はブルーのズボン、靴は布製、女性は、未婚者は三つ編みのおさげ、既婚者は断髪で、皆失礼な表現ですが、田舎者の成りでしたね。大連のホテルは以前は周恩来総理が宿泊した由緒ある処で、海岸へは徒歩5分。ホテルにチェックインしたら、パスポートを強制的に預けさせられて、不安になったのを思い出すね」

 

私「パスポートを預かるのですか?それって、どういう事ですか?」

M「要は、代金を払わずに消える輩がいるからさ。アナタは、中国を理解するに、中国の社会は二層でできている事を先ずは知ってて欲しいね。底辺は性悪説の社会。不信が渦巻いている社会。上層部は性善説の社会で家族、親戚、信頼できる友人。この事は後でゆっくりお話しします。」

 

私「分かりました。お願いします。で、交易会は如何でしたか?中国式の商談というのはどういうものでしょうか?交易会というスタイルは日本にはないでしょ?一体どういうものでしょうか?」

M「名前が交易ですが、これは貿易と言う意味、日本では貿易と言うなら海外との商売を言いますが、中国は二つに分け、国内貿易、対外貿易と呼んでいます。で一同に会するので会、英語ではFAIRと言います。日本でもあちこちで頻繁に開催されていますね。晴海、幕張メッセ、大阪の南港とか、場所は色々あるね。交易会ではまずは中国側の担当者への面談アポを取る事。商談は順調には行かない。当たり前の事でしょうが、売買双方で条件が折り合えば商談成立ですね。これが中々折り合えない。」

 

続く


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