Author: 呉明憲

商社マンOBが中国をふり返る ~本音の中国を語ろうその4

私「その金銭のやり取りは北京、上海、広東とでは違うのですか?」

M「北京は政治のお膝元故、取り締まりもそれなりに厳しいでしょう。上海は欧米の風潮あり、金銭の扱いには厳しい面が有ります。中国では俗に“北京愛国、上海出国、広東売国”と言われているね。北京は政治の中心で愛国談義をする、上海は欧米の風潮が強く、憧れからとにかく中国は嫌だ、出たい!と願望する人が多い。広東は国家なんてどうでも良い、銭、銭で行こう!と言う輩が多い。南に下る程程度が低くなるという事で北京人は又上海人は広東人をバカにしてますな」

 

私「それは、驚きですね。中国人の数は多いでしょうが、大体同じ様な人達と思っていましたが」

M「それは全く違うね。例えば、私は山東省で合弁会社の幹部をしていたけれど、会社の運転手が以前広東に行ったそうな。広州の町を歩いていて、迷子になってしまい、歩いている人に道を尋ねたらさも知っている様に答える、しかし嘘っぱちで、二番目の人に尋ねても同様ウソを言う、結局3番目の人が漸く正解をくれた。運転手は広東人は絶対信用してはいけない、と語っていた。まあこれは広東人に限らず中国人は知らないという事は簡単に言えない様だね。面子が有るから知らないとなると、あの人は“アカン”と烙印を押されるのを恐れているのでね。合弁会社設立の契約交渉している時でも中国の法規定をさも知ったそうに胸張って自信たっぷりに言う幹部が居て後で我々が元を取ったら違っていて、翌日の会議で“あんたの昨日言った事は違っているよ。事実はこうですよ”と言いそうになったが、止めた。」

 

私「何故ですか?はっきり言うべきでしょ!」

M「ここにも面子の問題が絡むからね。その人に大勢の前で恥をかかせる事になるから。そうなったら、今後その人から協力して貰えない惧れが有るので、じっと耐えた事が有るね。話がずれるが中国では面子を非常に重んずるので注意するが良い。プライドの問題ではあるが、激烈な競争社会で生き抜くには人よりも抜きん出る必要有り。で或る本に書いてある事であったが、中国での面子と言うのは深く、重い意味あり。どういう事か、と言うと自分の権限内でなく権限外の事まで携わって成果を上げたら、これが最高の面子が立つ、と言うのだそうだ。権限内で成し遂げるは当たり前の事、これが権限外なら、“たいした者だ”と称賛に変わり、その人と面子は保たれると言う事でしょうね。」

 

私「ちょっと複雑ですね」

M「そうだね。だから、役所でも自分の部署以外の案件でお願いがあるとなると、頼まれた方は自分の権限外の事を内部であの手この手を駆使して、要請に応える。成功したら、それ成りの報酬が期待できると言う事でこれも汚職の原因、つまり中国人の面子も汚職の原因の一つでしょうね。」

 

続く

商社マンOBが中国をふり返る ~本音の中国を語ろうその3

私「Mさんは中国での滞在が長い。そしてお仕事を商社駐在以外合弁会社でもされました。このお仕事の過程で実際賄賂を贈りましたか?」

M「鋭い質問ですな。どう答えたらよいか?時効故言いましょう。商社駐在の時は直接金品を送る事は無かったですね。現地法人では、金品の贈りは有りました。先ずは、春節と仲秋節の時は役所に赤い小さな封筒に銭を入れて送ります。初めての時は山東省での電機メーカーと我が商社、中国側との合弁会社を設立して、中国側会社の幹部が役人に銭を送るので了承願いたい、と言って来て、これには私及び日本側は猛反発しましたね。賄賂ではないか!と。中方(中国側のこと)は“長い間の慣習で、しかしこれをしなかった場合、今後ビジネスで不利な立場になる”と脅しをかけて来ましてね。」

 

私「それで、結局どうなったのですか?」

M「仕様がないと言う事で、払いましたよ。本社側と相談しましたが、当然本社は反対します。しかし最終的には現場に任す、となりまして、“腹が立ちましたが、銭を送りました。賄賂と言う概念ではなく、一種の交際費と考えて処理しましたね。更に、役人接待も頻繁に有りましたが、これも接待と考えて処理しましたね。」

 

私「賄賂と接待費の違いを明確にしておく必要有りますね」

M「賄賂というのは、何か魂胆があってそれを実現させる為に使用するもの。単なるお付き合いは接待費としていました。これは本部の了解を得て実行したもので、後年広東勤務になって、酷いところだね、広東は。とにかく、銭、銭の世界。税関の下っ端職員が私の勤務する現地会社に午後ふらーっと来て“今日田舎から親、親族が来ている。御馳走してやりたい。費用負担してくれるか?”と図々しく言って来た。この様な話が多いので、本社にお伺い立てたら“現地で枠を設けて接待費で処理するなら構わない”との回答で、しかし彼らの要請を断ったら、さあ、大変な事になる。下っ端役人は窓口で権限を有するので、ツムジを曲げたら、相手にしてくれない。賄賂は今言ったとおり、何か魂胆が有って便宜を図ってくれる事を期待して贈るものと心得ていたので、故に賄賂を贈らねばならない状況は絶対避けねばならない、と肝に銘じておりましたがね」

 

私「肝に銘じておりましたが、それらしき物を送ったという事でしょうか?」

M「うーん、まあ、その様な事が有ったのですよ。」

 

私「済みません、どの様な事でしょうか?差支えなければ、お話頂けませんか?具体的にーー。」

M「ウーン、さあ、――それは後で話しますよ。15年以上前の事だからなあーー、記憶も定かでないなあーー。とにかく今言ったとおり、すべて銭、銭の世界ですな。広東での話、中秋節の前に工場長と我が地区の供電公司を訪問しまして、この会社は電気を流す会社で非常に重要。わが社は電気使用量は少ないし、反応釜には半製品が有り、停電するとすべて無価値になるので停電は絶対しないで欲しいと要望に行ったら、地区の共産党の書記にばったりと逢った。その書記は“M先生、そろそろ中秋節だね?”と言ったが、私“何を当たり前の事言っているのか?”と疑問に思っていたら後で工場長が“あれは、紅包を要求しているんだ”」と解説してくれた。その様な銭は小さな紅包に入れて渡す風習なので、この様に言われているのですが、書記の態度が図々しく腹が立って来ましたがそんな偉いさんと喧嘩しても全く意味なく、“仕方ないなあ”と諦めの気分で承諾した事覚えていますよ。

 

役人をしていて財産を築けない人はバカ!と言う風潮が昔からあり、新入りの役人で始めは清廉潔白な人もその内銭の誘惑に負けて図々しくなって来る、ひどい社会ですな。習近平氏が先頭に立って汚職追放運動しているが、本人も結構な財産を築いており、説得力を欠く汚職追放運動ですな。税関の入り口には“金品を貢ぐな!違反したら企業名を公表して出入りを禁ずるという”内容のお触れが出ていたが、これまともに理解している人はいなかったですな。前の総理であった温家宝も一見清廉潔白に見えて実は22億ドルの蓄財をしていた、とニューヨーク・タイムズは報道したが、さもありなん、と思ったよ。当たり前の事で何ら驚くに当たらない。日本では役人が賄賂で摘発されるのは年間精々50名-60名、中国は汚職で2016年は41.5万人が摘発された。メタメタ酷い。」

 

続く

商社マンOBが中国をふり返る ~本音の中国を語ろうその2

私「え!それどういう事です?」

M「つまり、赤痢患者の密告さ。お互い便を見合って便の柔らかい人は赤痢の疑いあり、という事で帰国はすぐできない、と言う事になってしまう。人間極限状態になったら、性欲なんて吹っ飛んでしまう、と森繁さんは言っているね」

私「Mさんの家族も同じ様に酷い目に遭われたんですか?」

M「詳しく聞いていないが、先ほど言った断髪、黒いお化粧、出刃包丁は持たされた、と言っているので、結構ストレスが大きかったと思うよ。引き揚げる途中、中国人から“子供を日本に連れて帰るのは大変だから、私に預けなさい。落ち着いたら迎えに来たら?”とあちこちから言われたそうだが、それは断ったと。もし子供を預けていたら、例の残留孤児となって相当後に子供は帰国するが、その多くは日本では心身共に苦しい生活を余儀なくされている。瀋陽は首都であり、此処から港の葫蘆島に鉄道で行くのでそれほど難儀ではなかった様で、しんどかったのはハルピン、新京からの引揚者。瀋陽に到着するまで、財産を叩き、子供も中国人に預けざるを得ない状況であった。クタクタのしんどさであったでしょうね。私の会社の同期の人ですが、戦前新京で木材加工会社を経営。大きな会社だったらしく、羽振りも良かったでしょう。それが、終戦を境に一転、財産は全て処理、機械、設備は全てソ連または国民党に没収された。で、一家は何と朝鮮半島を辿る事にした。今の北朝鮮で私の同期の人は生まれた。もちろん当時の頃は記憶にないが親は彼の小さい頃引き揚げの苦労話をしていたそうだ。朝鮮人の日本人への反感は物凄く、あちこちで嫌がらせとかに遭ったそうな。こちらも大変だったね。

 

 今から7-8年前会社同期の人達総勢6名かな、中国東北地方を巡る旅に出かけ、長春では私の同期の人のオヤジが経営する木材加工所の跡地を探しに行った。見つからない!私は単独に少し歩いて年老いた中国人に“1945年以前、この辺りで日本人が木材加工所を経営していたと聞いているが、それは知っているか?”と尋ねたところ、その人は“確か昔親から聞いた事ある。確かあの辺りだろう”とマンションの建設されている場所を示した。同期の人はそれで納得した。この他、彼は今も生存する叔母さんから女学校の場所も地図で教えて貰い、そのとおりに行ったらこれはそのまま残っていたので、彼は大喜びであった。まあこんな話だなあ。

 

 この時の旅は大連、ハルピン、長春、瀋陽と回った。各地で中国人のガイドが付いた。ガイド達は勿論日本語はペラペラ。一様に中国政府、共産党を悪く言っていた。特に痛烈なのは長春のガイドで、“日本が中国を侵略したのは、理解できますよ!”日本は本当に良い国ですよ“と以前訪日した時の好印象語っていた。この長春市内見物をマイクロバスでしていたところ、隣の車と接触した。軽い衝撃あり、マイクロバスは少し傷を負った。運転手が下車して相手の車の運転手に文句を言った。車上から二人のやり取りを見て、ガラス通してからは何を言っているのか不明で、しかし嫌に長いなあ、と思った。ガイドが下りてガイドもグチャグチャ話している。漸く終わって二人は戻って来て、我々は”遅かったなあ。何があったんだ?“と尋ねたところ、ガイドは”ウチの運転手が文句を言ったところ、相手側は“オレのオヤジはどこそこの共産党委員会の主任だぞ”と脅しをかけ、暗に“アキラメロ!”と言う素振りで、これに頭に来た我が運ちゃんは、相手に“一発殴らせてくれるならアキラメテやる”と言い、そのやりとりをして長くなったそうで、結局ガイドが取り持ち、不満はあるがお開きとなった、と言うハプニングが有った。確か当時かな、全国的に流行り言葉が有ってそれは“我爸李剛”という言葉。意味は私のオヤジは李剛というもの。ドラ息子が交通事故起こし相手に傷を負わせた。相手は補償せよ!と迫ったら“わしのオヤジは李剛だ”と言って相手を黙らせると言う親の権威をものに相手を黙らせる事をして、全国的に非難ごうごうが沸き起こったのであった。同じ様な事が我々にも起こった訳。

 

 そうだ!私の生まれた瀋陽でも小さなハプニングがあった。前、言った通り祖父が兵器工場を経営していて、その会社は一時ソ連が接収してその後国民党、共産党へ移った。その後の名前は黎明精密機械公司と言う名前に変化して今は黎明なんとかになっており中国兵器工業部参加の有力企業になっている。祖父の経営していた会社なので親近感が湧いて来てガイドに“門から見た会社の写真を撮っても良いか?”を尋ねたところ、“いいですよ”と簡単に返事をしたので私は写真を撮っていた。しかし急に守衛が来て早口で怒った様な口調で何か言いだした。ガイドは“写真撮るな!カメラを渡せ!と言ってますよ”と言っている。私は“アンタが撮影問題ないと言うから撮ったのだ!”と反論、“悪気はない。祖父が経営していた会社故、これも何かの縁と思い、撮影した、はるばる日本から来たのだ”と説明してやってよ、とガイドに言って何とか事なきを得た。当時は尖閣の問題で4名の日本人社員がスパイで拘束されたので、こちらも一瞬ヒヤットしたがね。この会社は中国有数の精密加工会社になったが、やはり戦前日本人から薫陶を得た中国人は物つくり精神を発揮して、心を込めて品物を製作したんだろうね。

 

 さて、話が横道にずれましたが、ソ連またはロシア/中国との関係、の話をしましょう。ソ連/中国が戦後友好同盟とか言っており、最近でもその様な事やっているが、ソ連もしくはロシアと中国は絶対に仲良くならないだろうな。中国は何度もロシアに煮え湯を飲まされたり、国境紛争、義和団事件でのロシア兵の残虐さ、戦後のソ連から援助貰っていた頃のソ連人の態度のひどさなど、代々語り尽くされているので、不信感は絶対にぬぐえない。参考まで言うと義和団事件での日本軍の対応は教科書に載る様な見本的な態度。指導者は“柴五郎”大佐でこの人は会津戦争で官軍に敗れた人。しかし武士としての誉は高い。故に日本軍は統率が取れていて、現地住民に尽くしたそうだ。また、森繁さんは言っているのだが、満州人と朝鮮人は犬猿の仲との由。日本敗戦後、現地のタガが外れ両民族の対立が表面化、あちこちで衝突は起きた由。これは現在でも中韓の関係の悪さに影響しているのだろう。ちょっと、長くなったね。」

 

私「いや、日本敗戦で引き揚げの苦労話なんてめったに聞けませんので有難いですよ。もっと多くの日本人が知るべきですね。教科書に載せればいいのに、と思っています。ところで中国の今の指導部は習近平をトップに腐敗運動追及をしていますね。これに就いてMさんはどうお考えでしょうか?」

M「あれは、完全に茶番劇ですな。又権力闘争のために大衆受けする腐敗追及をしているのです。中国では有史以来賄賂がはびこり、之は絶対に無くならないものなのです。賄賂は至る処で見られます。」

 

続く

商社マンOBが中国をふり返る ~本音の中国を語ろうその1

 本日からしばらく元商社勤務の方が回顧録として書きとめていた文章をアップしてきます。この方の経歴ですが、1970年代終わりに商社に入社し、1990年代半ばより山東省、1990年代終わりから四川省、2000年からは広東省で勤務され、2000年代半ばに商社を定年退職。その後約5年間独立行政法人に勤務され、その後は大学教授としてもご活躍されました。現在すでに70歳を超えていますので、今となっては昔話となってしまっているようなお話もあります。昔と今とどう違うのか、昔と今も変わらない、いろいろと感じられるところがあろうかと思います。いろんな思いで読んでいただければと思います。一回目は少し長めの文章になります。

 

 

はじめに:

 私の名前は山田一郎。42歳である。現在、大阪に在る中堅の化学品専門商社の副部長をしている。入社後10年間は国内商売を担当、鉄鋼メーカー、石化会社の担当者たちと付き合い、麻雀、飲食、ゴルフなど其れ成りのサラリーマン生活を過ごして来た。しかし、10年後、社内の大幅な組織変更が実施され、私はいきなり貿易を担当する事となった。地域は欧米である。10年も国内商売を担当して、いきなり貿易とは、「それはないだろう!」と上司に文句を言ってやりたかったが、冷静に考えると欧米相手では自分の好きな英語が使用でき、入社以前から欧米の生活など社会に憧れていたのも事実。従って、文句は封印した。そして、貿易では順風満帆の日々はあるにはあったが、逆風の風が強かったが慣れるとそれなりの対処方法も身に付けて来た。

 

 ところが最近上司より「来年4月より君中国広州の合弁会社に行ってくれるか?会社の総経理、すなわち社長として」と言われて、頭が真っ白になった。中国とは?10年前と同様上司に文句を言いたかったが、今や昇竜の勢い有る中国、欧米の市場はそれなりに成熟しており、販売も勢いがない。中国は成長率は落ちたとはいえ、6-7%で推移している。規模が巨大で6.5%の成長率なら今後とてつもない国家になるのでは?と期待と不安がまぜまぜになったが、期待を込めてこの辞令を承諾した。それで、中国は全くの未知の国。新聞、テレビ、雑誌など溢れんばかりに日々中国のニュースは聞こえて来るが、実際の中国はいかがか?は不明である。これは多くの日本人もその様ではないか?それではどのようにして中国の実際の姿を知るのか?と考え、悩んでいた時、会社の相談役から突然呼び出しを受け恐る恐る、相談役の部屋を訪問した。

 

相談役「君、来年春から中国らしいな。中国の事、どれだけ知っている?」

私「正直からっきし分かりません。色々文献を漁っていますが、皆、言論統制にあっている様に同じ様な事を言っており、内容には疑問を持っています。真実いかがなっているか分からず不安です」と申し上げた。

相談役「先日、学生時代の友人T君と久しぶりに飲んで君の話したんだ。T君は総合商社、商社の化学品部門に長年勤務、現役時代業界では大いに名が売れた人なんだが、この人の部下が中国勤務が長く、ビジネス、生活、社会など中国の断面を良く知っているらしい。T君の部下は君同様欧米に勤務希望であったがそれは叶えられず、いきなり中国となった。何だか君と境遇が似ている様なので、君の話をしたんだ。君、その人に興味有るなら早速コンタクト取って訪問したらどうだ?」

とアドバイスを受けた。私は相談役の配慮に謝意を表し、アドバイスとおり、その人を訪問、面会する事にした。その人は大阪市内のマンションに住む。私の会社よりそんなに遠くはない。あらかじめ電話でお話したら、本町の居酒屋で飲みながら話をしましょう、となった。その方の名をMさんとしよう。Mさんの話は単に中国に留まらず、韓国、香港、台湾など東南アジアなどの国情にも話が及び欧米一本やりの私には彼の話す内容は全て新鮮に映った。Mさんから聞いた内容を忘れない様に予め断ってICレコーダーに録音した。この書はMさんと私の会話全てが入っている。これから中国とか海外に飛び出そうとする人には参考となると思い、会話形式で書にまとめたのである。前置きが長くなった。

 

  • 中国と付き合う。

私「そもそもMさんと中国との馴れ初めとは何でしょうか?」

 

M「私は実は中国生まれなのです。1945年11月に中国東北地方の瀋陽、昔は奉天と呼ばれたところで生まれました。なぜ瀋陽か?ですが、母方の祖父が陸軍退役して陸軍より依頼されて瀋陽で兵器製造工場を経営していたのでして社員は中国人が3,000名、日本人が数十名いたと、祖父から以前聞いた覚え有ります。祖父は週3回は朝礼を行い、社員を相手に中国語で色々指示を出したり、注意をしたりしていたそうです。この兵器工場の売り先は当然日本陸軍で、陸軍は戦争に使用。工場で働く中国人は、生活の為とは言え、嫌な思いしたでしょうね。日本が敗戦を迎え、当時の国民党が瀋陽に進駐、祖父など会社の日本人幹部は逮捕されました。そして、裁判で祖父及び少数の日本人幹部は死刑の判決を受けたのです。」

 

私「死刑!ですか?」

M「そう。死刑ですな。祖父は監獄に他の日本人幹部と共に入りました。毎朝、監獄の見張り人が来ては“今天、没有死”と言っては立ち去ったそうです。つまり、“今日は執行ないよ”と言う事を伝え、祖父はそれを聞いては“今日一日命が有る”と安堵しつつ、明日はいかがなるか不安で仕方ない悶々とした日々を過ごしたと語っていますね」

 

私「その後おじい様、他の日本人はどうなったのですか?」

M「かなり時間が経って、どの位の時間かは忘れたと言っていますが数か月くらいでしょうね、或る日、監視人が来て急に「釈放だ!出ろ!」と言われ他の日本人も同様釈放されたそうです。狐につままれた感がして祖父は監視に尋ねたそうです。監視は“知らない”の一言、で祖父は刑務所の幹部にそれとなく尋ねたら、中国人労働者から大量の助命嘆願書が提出されたとの事です」

 

私「それ、どういう事ですか?」

M「祖父は何故かは其の時思い至らなかったそうですが、嘆願書を見せて貰ったら、“社長及び日本人幹部は中国人労働者を親切に扱った。殴る、蹴る、侮蔑的言葉を吐くのが当然の日本人ではあるが、祖父などはこれをしなかった。日本人幹部にも厳禁していたうんぬん“が記載されていたそうです。」

 

私「当時の日本人はひどかったでしょうね」

M「当時は中国人、朝鮮人に対する差別は当たり前の世の中。僕らの子供の時でも中国人は△△と言われて、韓国人は□□!とバカにされていたのでね。しかし終戦を境に立場が逆転して中国、朝鮮では多くの日本人が酷い目にあったそうですな。」

 

私「おじい様、Mさんの家族はどうなりましたか?」

M「住んでいた瀋陽は多くの日本人が住み治安は比較的安定していた様ですが、ハルピン、新京、今は長春となっていますが、この都市および周辺の農村にも多くの日本人が住んでいて、これは引き揚げが大変の様でした。母も語っていますが引き揚げの時、女性は断髪、顔、手、足などは黒く塗りつぶし、ソ連、匪賊の襲撃に備え各家庭に出刃包丁が渡されたそうです。ゴロツキが来たら、包丁を使って立ち向かえ!と言う事でしょう。」

 

私「怖かったでしょうね。物凄いストレス!」

M「文化勲章を貰った俳優の森繁久弥も自叙伝で記しているけど、質の悪いソ連兵、当時は◯◯と皆呼んでいたそうですが、◯◯に備え火炎瓶を皆で作ったりしたそうです。また主人が一家を日本刀で殺し自分も自殺する一家心中、悲惨な事件があちこちで起きていたそうです。森繁さんは新京でNHKのアナウンサーをしていたそうです。放送局に9人のソ連兵が入ってきて、自動小銃を森繁さんの背中に向けてロシア語をグチャグチャ話したそうです。振り向いたらヤラレルな、一瞬の事だから振り向こうか、痛くないはずだ、しかし自分がこんな目に遭っている事を誰かに見て欲しいとも思ったそうです。とにかく彼は“アナタに歯向かう意志は絶対ありません”と言葉は通じないものの、ジェスチャー、ムードで必死に示したそうです。結局彼はシベリアにもやられず、無事帰国できた訳なのだが、その帰国の道中は悲惨、地獄の一言に尽きる。」

 

私「具体的にどういう事ですか?」

M「極東にやられたソ連兵は西部から派遣された。要はドイツと戦い、勝利を収めて来ました。ゆえに欲求不満の狼が大量に野に放たれたと言う事。一番被害に遭ったのは婦女子で、彼女らを守ろうとして勇敢に立ち向かった日本人男子は無残にも殺戮されてしまいました。ソ連兵の程度の低さを森繁さんは“貴重品を身に付けていると、強引に取る、ライターを知らなくていじっていたら、急に火が出てびっくりする、残った飯に灯油をかけ、塩をまぶしてうまそうに食っているとか。ソ連兵が家に押し入った場合の撃退方法は電話の音を鳴らす事。よって隣の家と紐で結び合い、ソ連兵が来たら紐を引っ張り隣に合図、隣は直ぐ電話をかける、急に大きな音がして兵隊はびっくりして退散する、と言うわけです。また、日本人は新京から貨物列車に乗り錦州経由で葫蘆島に向かうのだが、無蓋車に乗せられた家族は”列車が揺れると危なくて振り落とされるな?嫌だな“と囲いのある貨物車を羨ましいと思ったところ、引き揚げ時期が夏から秋に向かう頃、珍しく長雨が降ったそうです。そしたら、無蓋車は雨が溜まらず、囲いの有る貨物車は雨が溜まる、しかも隅に設置した簡易トイレが溜まった雨水と一緒になり、臭い、汚いのひどい状況。列車は時々停車する。その時間は不明で急に出る事も有る。皆一斉に外に出て大小便をする、ところがうら若き乙女は恥ずかしいので貨物列車の下に入り、しゃがんでいたら急に列車が動き、哀れ、悲惨な結末となったようです。錦州は日本人町。ここに大量に東北地方から来た日本人避難民が来たものだから、町の成りはたちまちパンク。一般家庭に入れない人達は簡易収容所を作る。そしてアメリカ軍から支給されたDDTをかぶり、まずは簡単なトイレを作る。そしてトイレには男女区別なくしゃがんでお互いの便をチェックするのだそうです」

 

続く

わずか5年で840億円もの資金を溶かしてしまった中古車取引サイト

 昨日の記事でちらっと中古車販売について触れましたが、今日は「人人車」という中古車取引サイトについて紹介します。いっときネット動画を見ようとするとやたらとこの会社の広告が出ていたので、中国の動画サイトを見る人であれば名前くらいは知っているのではないかと思います。このキャプチャを見れば思い出せるのではないでしょうか。

 

キャプチャ

 

 結構派手に宣伝していたこの会社、最近はあまり広告を見かけず、同じような同業の会社の広告を見かけるようになっていましたが、なんと破産するのではという報道が出ています。ついこないだまでガンガン広告してたくせにいきなり破産かよ!一体どういうことなのでしょうか。

 

 この破産報道に対して、人人車は、「事実ではなく、現在全ての業務は正常の行われており、悪意のデマを流す行為に対してすでに証拠集めを行い届出している」というコメントを出しています。なんだ、大丈夫かよ、と思ってしまうわけであります。そして多くの人人車の従業員が、「破産という情報は確かにデマであり、本当の状況は人人車は今大量のリストラを行っている」といっているとのこと。調子が悪いのだけは間違ってないようです。すでに北京文庫氏は2018年11月と12月の2回にわたり営業と自動車評価の人員を合計200名ほどリストラしています。

 

 一か月ほど前に、人人車は成都市金牛区政府から40億元の資金サポートを受け、人人車の第二本部を設けようとしているとの話があります。地方政府が40億元?こんだけ資金があれば当分しのげると思うのだが、しかし資金の出し手が地方政府?しかも区レベル?よくわからんです。ホンマかよ。

 

 また、こんな話もあります。破産情報が出回ったのとほぼ同じ時期なのですが、北京分公司の60に鉛の従業員が1月と2月の給与と労働関連規定に基づいた離職補償を要求したというのです。これに対して会社側からの提案内容というのがびっくりです。

・出資して人人車の城市合夥人(都市パートナー)となる

・都市パートナーになりたくない場合は離職することも可。ただし、1月2月分の給料も離職補償もなし。

 

 都市パートナーとは何ぞやということですが、4万元を支払えば250件の自動車オーナー情報をもらうことができ、これがあると毎月5-6万元の収入が得られるとのこと。なお、これはあくまで情報提供料のようなもので、これとは別に従業員であれば1万元の保証金、契約期間半年、すぐに契約すれば4万元を3万元に値引きする、というものです。イメージとしてはフランチャイジーになってくださいというようなものといえるでしょう。しかし考えても見てください。潰れるのではないかという噂が出ている会社のフランチャイジーにこれだけの金を払ってなりたい人がどれだけいるでしょうか。自分だったら絶対嫌だ。これは人人車の従業員も同じで、これに乗っかろうとする人はほとんどいないとのこと。当たり前でしょう。よくこんな提案ができるなあ。

 

 さて、火の車ならぬ人人車、今までどんな会社がお金を突っ込んできたのでしょうか。

 

2014年7月(Aラウンド:500万米ドル):紅点創投中国基金

2014年12月(Bラウンド:2000万米ドル):順為資本、紅点創投中国基金、策源創投 

2015年8月(Cラウンド:8500万米ドル):テンセント産業共贏基金、策源創投、順為資本 

2016年9月(Dラウンド:1.5億米ドル):中民投、漢富資本、テンセント産業共贏基金、高価新浚、普思資本、紅点創投中国基金、策源創投、順為資本

2017年9月(戦略ファイナンス:2億米ドル):滴滴出行

2018年4月(戦略ファイナンス:3億米ドル):ゴールドマンサックス、滴滴出行、テンセント産業共贏基金

 

 以上しめて合計7.6億米ドル、ざっと840億円!一番最初に投資が入ったのが2014年7月なので、5年もたたずしてこれだけの金額を溶かしてしまったということです。恐ろしい。しかし、投資してきた会社の銘柄を見ますと、それはそれはもうそうそうたる名前が挙がっていますよねえ。ゴールドマンサックス、テンセント、滴滴。やられちゃいましたね。ま、こういう投資の世界は化けるときはものすごい化け方をするので、ヒット率は野球の打率よりも低くてよいと言いますが、それにしてもこれだけ損しちゃうと投資決定した人の心理的圧力はすごいだろうなあ。くわばらくわばら。

2018年中国広告市場からもうかがえる中国の景気減退

 今日は中国の広告市場について紹介します。

 2018年の中国広告市場は上半期は前年比9.3%のプラスとなったものの、下半期はぱっとせず、通年で2.9%(▲4.3ポイント)の着地となりました。思ったほど伸びていないです。てっきり調子のいい業界と思ってました。下期が足を引っ張ったということですが、昨年下期から景気がよくなくなり、広告支出を抑えるようになったということのように思われます。うーん、これを見ると景気が良くないといろいろ聞かされますが、やっぱりよくないのかなあ。まあ、そもそも母数が大きいので、ある程度成熟してきて伸び率が鈍るのはわかるのですが。

広告市場

 

 伝統媒体の広告費だけを抜き出すとは前年比▲1.5%と落ち込みを見せています。2014年から一気に潮目が変わった感じですね。

伝統媒体

 

 メディア別にみていきましょう。

 

伝統メディア

 伝統メディアの内訳を見ますと、新聞が2年連続して大きく落ち込んでいます。雑誌は2017年が▲18.9%、2018年が▲8.9%で、中国でも紙媒体はしんどい状況。屋外広告は2017年は▲1%だったのが、2018年には▲14.2%とこちらもかなりの落ち込み。テレビは2017年は+1.7%とわずかな伸びを見せていたものの、2018年は▲0.3%となっています。ラジオが伝統メディアで最も伸びていますが、それでも207年が+6.9%、2018年が5.9%で、伸び率が落ちてきています。まあ、伝統メディアは厳しい状況にあるのは間違いないでしょう。

伝統メディア2

 

テレビ

 テレビの中では中央電視及び省級衛視の広告費がかなり伸びています。このあたりのプレゼンスはまだまだ力強いものがあります。これは国営企業系が支えているのかな?

テレビ

 

 

生活圏メディア

 生活圈メディア(エレベーター内ポスター、動画及び映画館映像)について見ますと、エレベーター広告は結構伸ばしています。確かにエレベーターに乗っていると手持無沙汰なので広告をついつい見てしまいますよね。映画館も伸び率こそ落としていますが、それでも2018年は前年比+18.8%、なかなかのものです。映画を見る人も増えてきていますし、映画館でスクリーンに映し出されるとまず見ますので、結構広告価値が高いと認められているのでしょうか。映画館はそんなに頻繁にいくところではないので、あまりはっきりと覚えていないのですが。

生活圏

 

広告支払業界トップ5

 さて、2018年のメディア全体の広告支払トップ5の業界は、通信、飲料、薬品、食品、商業及びサービス業、となっています。これら5業界のうち、飲料業界の広告支出は前年比+3.8%、食品業界が前年比+1.1%、それ以外はマイナスとなっています。薬品の落ち込みが目立ちますね。

広告支払トップ5

 

 通信業界とはインターネットサービス、携帯電話及び通信キャリアの3つを指します。

 ラジオ媒体、伝統屋外メディア及び生活圈メディアを主な広告チャネルとしており、伝統屋外広告では前年比+6.1%、エレベーターメディアでは広告料がトップとなっています。

  飲料業界の広告はテレビとエレベーターテレビに集中しています。

 食品業界はテレビ媒体で主に菓子類、ラジオ媒体で保健食品と菓子類の広告が多く出ています。

 

広告支出企業ランキング

 業界関係なしにどの会社がたくさん広告費を支払っているか見てきましょう。トップはコカ・コーラ、広州医薬と宝洁(P&G)が続きます。トップ10のうち、5社が医薬保健企業です。

広告支出企業ランキング

 

広告支出ブランドランキング

 次に、会社ではなくてブランドで見ていきましょう。トップは日本人にはなじみがないと思いますが、鴻茅、前年の半分に減っていますが、それでもトップです。前の年にどんだけ使ったことやら。その次に同溢堂(+73.5%)と葛洪(+68.6%)が続きます。トップ⑩のうち5つが医薬保健ブランドです。日本人が見て気づくブランドだと6位の伊利、9位のケンタッキー、10位の蒙牛、11位のエスティローダー、12位旺旺、13位ワイス(Wyeth)、14位スプライト、15位コカ・コーラ、16位王老吉、17位天猫、といったところでしょうか。

広告支出ブランド

 

 

 媒体別に見ていきましょう。

 

ラジオ

 まずはラジオ。小罐茶がなんと10倍近く増やしています。その名の通り、お茶が商品の会社です。

ぐあんぼ

 

新聞

 新聞はトップ10のうち、中国電信のみが増やしています。新聞広告はもうこれダメだな。

新聞

 

エレベーターテレビ

 新銘柄として今話題のラッキンコーヒー(瑞幸)!もうひとつ赤で囲われている瓜子は中古車販売。今の中国で中古車ってどうなのかなあ。だいぶん前に一度研究したときは、そもそもお古を欲しがらない人が多いうえに、中古車の評価をちゃんとできる人材がいないというものだったのですが、今は大分改善したのかな。

エレベーターテレビ

 

 

エレベーターポスター

 同じエレベーターでも映像ではなくてポスターを見てみましょう。トップは幸福というブランド。正直知らん。飛鵬というのもものすごく伸ばしていますが、これも知らん。見たらわかるのかなあ。そしてこちらもラッキンコーヒーが新たにランク入り、おととしは存在していなかったからねえ。

エレベーターポスター

 

 

映画館映像

 映画館映像について見ていきます。この間久しぶりに映画を見に行ったのだが、うーん、正直どんな広告が流れていたのか覚えてない。映画の宣伝と犯罪防止の映像ばかりだったような。。。

映画館映像

 

 以上、中国広告市場について紹介しました。上にも書きましたが、新聞広告はもうあかんな。それと、これだけ動画が発達してきている中でテレビ、特に中央電視が増やしていますが、これと広告支出企業ランキングを見比べると、薬品会社がけっこうテレビ広告を出しているのかなあと思いました。

春節そうそうトイレが!!!

 中国は今春節、ビジネスチックなネタも枯渇しており、今日はタダの生活ネタを書きます。

 

 実は春節早々実は春節そうそうトイレが詰まってしまいました。よりによってこんなときに。しかもこないだ詰まってからまだ1か月もたっていない。こないだは便器に空気を一回打ち込んでつまりを解消させただけで、行ってみればその場しのぎの処理だったといえます。今回もおんなじ調子でその場しのぎの処理をするとまた一か月もしないうちに同じことが起こるだろうと思い、サービスマッチングアプリでトイレ詰まりの業者を予約しました。料金は2段階あり、ひとつは普通に詰まりを処理するもので258元、もうひとつが便器をいったんどけて、管を徹底的に通すというもので、これが358元。前者の処理だと結局その場しのぎの処理に過ぎないと思いましたし、わずか100元の差で便器を外して管を直接処理するほうが絶対にいいですよね!ということで、358元を選択。2月6日に業者はやってきました。日本の間隔でいうと正月の2日にやってきたような感じです。この時期にやってきてくれるというのは本当にありがたい。ひょっとすると春節明けまで業者は誰一人としてやってこないのではないかと思っていたので。

 

 さて、詰まり解消処理を開始。便器から管を通して処理をして、とりあえず今日の業務は終了と告げられてしまった。こっちが予約したのは便器を外して管を直接処理するもの、話が違う。それを伝えると、便器を外した処理をするとカネもかかるし、しばらく(24時間)使えなくなってしまうので、あなたにとってもよくないと言ってきやがる。カネもかかるといわれても、そもそも前払いで358元をすでに支払っているし、しばらく使えないのは確かに嫌なのだが、こういう時に徹底的に処理しとかないと、あとからまた同じもんだが起こるのが嫌なので、「どうしても便器を外したくないんだったらもう帰っていいけど、お金はどうするの?こっちはもう払ってるし」というと、「サービスに不満があったと伝わると処分されてしまうかもしれない」とぶつぶつ言いながらしぶしぶ作業を再開。しぶしぶ再開すんなよ!そもそも最初からこっちはそのつもりで依頼してるのだから。結局処理してくれたので良かったのですが。その後24時間使ってはいけないという言いつけはまじめに守りました。

 

 このやり取りで思ったのが、一般家庭でもその場しのぎの処理で満足してしまっている人が多いのではないかと。業者もそれに甘えてその場しのぎの処理しかせず、またしばらくして詰まってはまた応急処置をするという繰り返し。徹底的にやってしまえばさすがにすぐ詰まることはないだろうに。なんか、問題を先送りしようとするんですよね。徹底的にやったほうが後からの心配もないのがわからないのかなあ。それとも徹底的にやろうが、その場しのぎでやろうが、いずれにしてもすぐに詰まってしまうものなのか?この話を知人にしたところ、同じようにつまり処理の業者を呼んだところ、引っ越してきたのは2年前なので、それ以上前の以前の住人にものと思われる靴下が管から出てきたとのこと。そりゃ詰まるわ。今回も含めてトイレには結構泣かされてますわ。

 

 以上、トイレが詰まったことにまつわるつまらん話でした。

2019春節快楽!

 中国では元旦ではなく旧暦で正月のお祝いをしますが、この時期を春節といいます。日本でもこの時期は中国人観光客が大勢やってくるので、多くの方におなじみではないかと思います。

 

 毎年この春節の時期は中国にいてもぼーっとするしかないので、毎年のように日本に行っては仕事をしていたのですが、今年はスケジュールの都合もあり上海で過ごすことにしました。中国で春節を迎えるのは2011年以来実に8年ぶりになります。2011年の春節は中国のどこで何をしていたかを手繰っていくとチベットに行っていたようです。多分もう一生行くことはないかなあ。春節は旅行に出ることが多かったので、上海で過ごした春節となるともういつかはっきりしません。覚えているのは浦東に住んでいた時のことですが、バイクに乗って家に帰っているときに道の両サイドから激しく爆竹が鳴ったことです。爆弾をよけて走り抜ける仮面ライダーのような気分になったことを覚えています。春節本番は2月5日からになりますが、近年上海市街では爆竹が禁止されており、ほとんど見られなくなったという人がいます。おそらくそうなのだろうと思うのですが、今年ようやく自分で確認することができます。時代の流れなのでしょうが、それにしても風情がなくなりましたなあ。

 

 「人生はチャレンジだ、 チャンスは掴め」by ジャンボ鶴田

 

 元旦に引き続きになりますが、今年も引き続きどうぞよろしくお願いいたします!

日本・中国・欧米の企業のお金の使い方

 春節が近づいていることもあり忘年会兼新年会のようなお食事会が催されるシーズンなのですが、お呼ばれされてきました。お客さんとして参加している人はほとんど初対面の方ばかりだったのですが、とある日系企業の中国人マネージャーと話す機会がありました。良くある話なのですが、日系企業のダメダメ具合を特にマーケティング面においてかなり批判的に話してくれたのですが、その中で面白いたとえ話がありました。100万という金を持たされた企業がどのように行動するのか。

 

日本企業:毎月少しづつ使い、1年間で使い切る。多くのケースにおいてムダ金となる。

欧米企業:3か月で使い切り、芽が出なければ他のことをやる。

中国企業:100万を元手に300万とか400万を調達し、それを一気に使い切る。失敗すると大変だが、成功すると見返りは大きい。

 

 なるほど。確かに中国の新興企業はこのパターンが多いです。とにかく資金調達して、そのお金で以ってプロモーションしまくり、顧客獲得を目指していく。事業ライフサイクル(導入期・成長期・成熟期・衰退期)でいうところの導入期に行うべき動きそのままやっていると言えます。日本企業の場合、大企業でもやってる企業は中小企業っぽいとのこと。まあ、これあくまで中国での話ですが、他国でもあんまり変わらないような気がします。

 

 あと言ってたのが、日系企業でありながら日系企業や日本企業との取引は全然うまみがなく、中国企業との取引のほうが全然儲かるしやりがいがあるとのこと。日系企業の持つ技術・サービスに対して、そもそも中国企業のほうが金払いが良く、日系企業はさして高くない見積もりからさらに下げさせようとする、だったら最初から中国企業を相手にしたほうがずっと効率的だと。「日系企業はお金持ってないから」とも言ってました。聞いてて耳が痛い話も多かったですが、巷で言われていることをあらためて現場レベルで聞かされて、改めて認識させられた次第です。日系企業からするとアウェイである中国という市場での見られ方ですが、このように思われても致し方ない場面は確かにあるように思います。もちろんそうではない、ものすごく頑張っている企業もいるので、全てがこうというわけではないですが、一般的な見方としてこのようにみられているというのもまた事実。景気が落ち込み気味と言われている中国ですが、それでも巨大市場であることは間違いありません。日本国内も縮小していくことは目に見えているので、中国も含めた海外でいかにうまくやっていくか、これをどこまで本気でやれるか、そういったことをサポートしていきたいです。

2018年中国アウトレットのトップ20

 ランキング好きの皆さーん!2018年の中国アウトレットの売上高トップ20が出ましたよー!まずは表をご覧ください!

 

20190116115150_5084

 

 トップは上海青浦百聯、この4年間ずっとトップです。そして第二位が京津仏羅倫薩小鎮で、ここは40億元越えを果たしました。三位も順位変わらずで北京首創奥特莱斯で、30億元にやや届かず。4位は北京燕莎奥莱で三位との差はわずか0.07億元。

 

 このほか上位にランク入りしているのは北京八達岭奥莱、北京斯普瑞斯奥莱等で、北京八達岭奥莱は20億元越えを果たしています。

 

 2017年のランキングとの違いですが、トップ20に入るための売上高が10億元だったのが11億元に上がっています。そしてなぜか30億元台が2018年は1施設もなく、20億元越えは2016年には6施設だったのが、2017年には10施設になり、2018年には13施設に増えています。20億元を目前にしたところも3施設ほどあるので、来年もさらに増えていくことでしょう。最近やたらと中国の景気後退というメディア報道が気になりますが、ここは頑張ってもらいたいところ。

 

 グループで見ますと、2018年のトップ20に杉杉が4施設(寧波杉井6位、天美杉杉13位、哈爾濱杉杉14位、鄭州杉杉15位)。そして百聯が3施設(上海青浦百聯1位、武漢百聯6位、無錫百聯16位)、砂之船が3施設(重慶砂之船8位、南京砂之船17位、西安砂之船20位)、首創鉅大が2施設(北京首創奥莱3位、万寧首創奥莱13位)、RDM Asiaが2施設(京津と上海の仏羅倫薩小鎮がそれぞれ2位と9位)

 

 トップ20入りした新銘柄としては2017年に開業した天美杉杉奥特莱斯と西安砂之船奥莱があります。勢いあるね!

 

 ということで、アウトレットも年々調子がいいみたいで、ショッピングモールと同じく新しいのがポコポコできています。

 

 20190116115136_1178_lssize

 これらは2万㎡以上の施設だけです。ショッピングモールもそうですが、ほんとこういう箱モノが好きですなあ。中国の景気に関するネガティブ情報が多くなってきたこのご時世で、この勢いはいつまで続くでしょうか。