2009-12-22

セクハラ訴訟

ある新聞記事でセクハラ訴訟について紹介されていた。既に日本語のウェブサイトでも取り上げられているので、既に知っている人もいるだろう。

 広州市某区の人民法院で、とある日系企業のセクハラ訴訟の判決が下された。結果は原告であるセクハラ被害者の勝訴、企業と当事者の敗訴というもので、判決内容は当該人員が行った行為はセクハラに該当し、書面による謝罪と3000元の賠償金という決着であった。

 セクハラは証拠が残りづらいものであることから認められにくい傾向にある。本件は広州におけるはじめてのセクハラ訴訟における原告勝訴案件であったが、本件については会社の忘年会の模様をとった写真が証拠となった。事件の流れを見てみよう。

 原告の女性であるAさんは以前からセクハラに悩まされていたという。2008年8月に当事者であるBが日本本社から派遣されてきた。Bは赴任から一ヶ月余りたった頃から、Aさんに対してちょっかいを出したり、首や腰を触ったりするようになった。周りは笑い話としてしか見てくれなかったり、他の同僚も「我慢するのよ!」というだけだった。
そして忘年会がやってきた。この日Aさんはついに我慢の限界を超えたのだ。
 Aさんは突然後ろから腕を引っ張られ、胸部にも当たったように感じたのでとっさに身を守ろうとした。 

 

 今度は首を押さえられ窒息しそうになった。周りに助けを求めたものの、BはおかまいなしにさらにAさんを追いかけた。

 

 その後Bはステージで歌を歌い始め、Aさんの名前を連呼した。Aさんはテーブルの下に隠れたが、BはAさんを見つけて抱きしめようとしたり、首を押さえたり、胸を触ったりした。 

 

  (ここでは目元をスミ塗り処理しているが、新聞紙上ではスミ塗り処理されておらず、実名報道されている。)

 Aさんはショックのあまり忘年会の翌日は同僚に欠勤手続きを依頼した。その後の流れは次の通りだ。

  2009年1月4日:Aさんは総経理に事情を説明し、総経理は翌日に電話するといった。
  2009年1月5日:総経理からの電話連絡はなかった。
  2009年1月6日:Aさんはに自ら二つの要求を出した。ひとつは書面による謝罪、もうひとつは二度とセクハラしてこない旨の保証書を会社が発行することというもの。
  2009年1月7日:会社はBを含む4人の日本人と2名の中国人組合委員が状況報告・協調会を開いた。そこで発表されたのは次の通り。 

総経理はBの行為が誤ったものであることを認める。しかしながら、「Bの行為はAさんに対する好意からきたものであり、またBは忘年会の席上で酒を飲みすぎてしまったものによるものである。もしBに書面での謝罪をさせると彼に汚点を残してしまう」、という理由からAさんの要求を拒否。Bは、「元々Aさんとうまくやっていくつもりのものであったが、結果として思いに反してそうならなかった。嫌な思いをさせたことについては申し訳ない。自身とAさんの育った環境の違いもあり、考えが至らない部分があった。」

   また、Aさんにとってショックだったのは、組合員の二人の中国人が自分の権利を守ってくれず、逆に「総経理は忙しい中会議を開いたのもあなたの面子を慮ってのものだ。」と言ってきたことであり、さらにそのうちの一人は無断欠勤を理由に解雇すべきと主張していたことだ。

  その後さらにBさんに情報が入ってきた。会社が以前の勤務先に調査を入れていたというのだ。そのときの友人から「あんな何か悪いことしたの?公安があんたんことを調べに行くらしいよ。」。Aさんを解雇するために過去について調べまわっていたということのようだ。

  Aさんはこの二日後に会社に電子メールで、口頭での謝罪は受け入れられないと送ったところ、会社からは書面での謝罪は絶対ありえないという返事が返ってきた。 ここでAさんは痺れを切らして弁護士に相談し、弁護士レターを会社宛に送信したものの、これもまた拒否されてしまった。

  そうこうしているうちに、1月22日にAさんになんと解雇通知が届けられた。無断欠勤を理由としたものだ。これを最後に、Aさんは訴える決心をしたのであった。今年3月Aさんは訴状を提出し、会社とBに対して40万元の賠償と書面謝罪を要求した。そしてその結論は冒頭の通りAさんの勝訴という結果であった。  

  これより以前の広州で受理したセクハラ訴訟は全て原告の敗訴に終わっている。重慶女性教師が校長を訴えたセクハラ訴訟は原告の敗訴」(これはセクハラ法立法(2005年に婦女権益保障法の改正とともに追加)後の初の案件)、「女性の病人が医師に下半身を触られたセクハラ訴訟は原告の一審敗訴」(北京初のセクハラ訴訟)等々、ほとんど敗訴している。証拠不足が原因だ。たまたま今回は忘年会の席上での写真が決め手となり、賠償金こそ3000元しか認められなかったものの、その他についてはAさんが勝訴した。原告の勝訴は広州でも初めての事例だ。 しかし、残念なことに今も尚Bは判決を履行しておらず、今までどおり仕事をとしているという。

  全体をご覧になってたぶん同じように思われたと思うが、まず起こってしまったという事実がそもそも間違いであるということ、そして、その間違いの処理方法を誤ったために訴訟にまで発展してしまったといえる。もし最初からAさんの要望どおりにしていたらここまで事態は広がっていただろうか?こういう場合に従業員をうまく押さえつけて事態を沈静化させるのも管理者としての役割だという人もいるだろう。しかしそれとても筋が通っている必要がある。しかもいまもなお当事者のBが勤務し続けているというのは今後想定しうる事態まで考えると果たして妥当といえるだろうか?自社の従業員、同地区に所在する他企業、あるいは同地区に所在する他企業の従業員は同社に対してどのように見るだろうか。

  以上はあくまで新聞記事を元にした内容である。当事者は事実関係が違うというかもしれない。内容が完全に事実であれば言い訳のしようがない。しかしながら、新聞の一面に写真まで出てしまった以上、危機管理というもの対する意識が欠けていたといわれても仕方がないと言わざるを得ないだろう。酒の席のことだからいいではないかという考え方があったのだろう。しかしながら、もう既に日本語のウェブサイトでも情報がかなり出てしまっている。手遅れだわ。

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