2010-11-07

まもなく9年目突入

 2002年11月16日に上海にやってきてから8年が経ち、まもなく9年目に突入する。私は関西空港から出発したが成田空港から出発した一年後輩のT君と浦東空港で落ち合って一緒にしないにタクシーで移動したのが懐かしく思い出される。最初は銀行員としてやってきたが、すぐにキャストコンサルティングに研修生として約7ヵ月半ほど派遣された。このときに学んだことは大きかった。仕事内容そのものもそうだが、どちらかというとどのような道筋で考えるか、どのように調べていくか、こういったことが本当に役に立った。また、中国コンサルにおける調べモノではお役人へのヒアリングが必要になるケースが多いが、研修生という立場上結構好き勝手に突撃インタビューもしてきた。故梨本勝さんばりにあちらこちら行っては嫌がられながらもなんだかんだとヒアリングができたりした。懐かしい思い出だ。最初の頃はおそらく「中国ビジネス経験のない銀行員に何ができるんだ」という目で見られていたかもしれないが、こんな経験をしているうちに認められるようになったと思う。最初の頃と比べるとプロジェクトに入れてもらえる頻度も増えていった。その後銀行に戻ったが、ほどなくして日綜(上海)投資諮詢有限公司の設立に伴い、副総経理として派遣されて本日に至る。

 過去8年の中で最も長く過ごしたのが日綜(上海)投資諮詢有限公司だ。2005年1月の設立なので本日時点で5年と10ヵ月半になる。振り返ってみて、私はここでどれだけのことができただろうか。正直なところ、私がイメージしていたことはあまりできなかったように思う。会社のトップではなかったため、できることにどうしても制限があったように思う。ああしたい、こうしたいというイメージは持っているのだが。。。 もちろん、そのイメージされることが正しいのかそうでないのかは実行して初めてわかるのとなので、現時点で検証できるものでもないのだが。

 これだけ長く駐在していると、当然そう遠くないうちに帰任になることを意識してしまう。仮に帰任することになったとしよう。どう感じるだろうかについて考えてみた。

 まず最初に感じるのは従業員に対する思いだ。特に今在籍してくれている従業員は助けられたし今も助けられている。私が従業員を思っているほどに従業員は私のことを思ってくれているだろうか。後任者はみんなを大事にしてくれるだろうか。

 次に感じることとしては、上述したように自分のイメージどおりのことができたかどうかという点である。正直なところせっかく会社という箱があるのだから、この会社を自分のイメージどおりに切り盛りしたかった。それができなかったのは残念である。何でもかんでも決めれる立場になかったのでしょうがないといえばしょうがない。しかし、自分のイメージどおりに切り盛りしてうまくいかなければ甘んじて批判を受け入れざるを得ないという思いがあるので、なんというか、言い訳のできない状態の中で切り盛りしてみたかったということだ。

 帰国した場合、中国ビジネスに携わらなくなることも考えられる。中国という国に対する見方、考え方は色々あるが、少なくとも「中国ビジネス」に対しては思い入れがある。これに携われなくなるのは非常に残念ではある。仮に日本で引き続き中国ビジネスに携わったとして、私自身は中国にいてこそ値打ちがあると思っているので、日本に戻った場合にどこまで自らのバリューをキープできるのかというところに不安を感じる。周りに人もそういってくれているので、そんなに間違った考えでもないのだろう。住んでいるが故の肌で感じることのできる部分も失われるだろう。ということもあって、日本に帰任するのであれば中国ビジネスはもういいかななんて思ったりもする。とはいうものの、いちおうは現時点における自らの優位性を最も発揮できる場なので、簡単には捨てがたい。

 こんなところでしょうか。まだまだがんばりたいものです。

関連記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です