2010-11-13

訴訟社会

 目安として人口の10%が訴訟に関係すると「訴訟社会」といわれるらしい。統計によると、2009年に全国各級の行政機関が行った行政処罰、行政再審議の受理、行政調停進行等の案件は1200万件あまりに達しており、経済仲裁と労働仲裁部門が受理した契約及び財産紛争仲裁、労働紛争仲裁は76万件、人民調停組織が処理した各種民間紛争が767万件、各級政法機関が処理した法律・訴訟に関係する陳情は約180万件になる。これらの関係者を加えると、訴訟人口は1.2億人に達し、人口の9.2%となるということもあって、訴訟社会に突入したという研究結果が発表されている。人口が多いのはわかるが、それにしても1.2億人とは、、、多すぎです。

 

 80年代初期の頃は法院が受理する案件は年間40万件程度だったが、2005年以来全国の法院が受理した案件総数は年間平均で5.95%増加しており、2009年には1978年の19.87倍、件数にして11,378,875件に達しているという。中華人民共和国成立後に人民法院が受理してきた案件は主に刑事案件及び婚姻家庭紛争案件が中心だったのが、社会の変化と共にその内容も変わってきている。最近では土地収用立ち退き、土地請負、社会保険、教育、医療、消費者権益等の民生問題及び集団性利益に関係する案件が年毎に増加しており、人格権、生存権、環境権、発展権等の人権問題関連の訴訟も上昇傾向が現れている。単なる自己主張ではなくて、法の下での権利意識が強くなってきているのだろう。

 

 権利意識という単語でふと思ったのだが、中国人というのは狭い世界の中での公平感というものを気にする傾向があるように思う。華南のストライキで「駐在員はもらいすぎ」と主張したワーカーもいたが、これは特別な例として横に置くとすると、例えば、一般社員が部長や副総経理と比べて待遇がめちゃくちゃ差があってもしょうがないと思っている一方で、自分の身の回りにいる同僚との待遇の違いは非常に気にするというものだ。「あの人があれだけもらえてどうして私はこれだけ?」なんていうのはよく聞く話である。それとくらべて「部長や副総経理はもらいすぎだなあ」というのはほとんど聞かない。かけ離れてしまっていると、はなからあきらめてしまっているのだろうか。最近とある企業からの依頼で幹部インタビューを行ったが、あらためてこれを実感した。

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