AIが入札を変え始めた~中国で進む調達プロセスの新潮流~

上海で日系企業の中国ビジネスを支援していると、ここ数年の変化の速さを実感する。特に 2025 年以降、AI の導入は“新しい技術の採用”というより、業務の前提条件そのものが変わる段階に入った。

調達は企業活動の根幹でありながら、デジタル化が最も遅れてきた領域の一つだ。

しかし今、その前提が変わりつつある。その一例が、科大訊飛(iFLYTEK)が発表した「招采智能体平台」である。

中国で“招標采购(招采)”と呼ばれる、いわゆる 「入札を含む調達プロセス全体」 に AI を組み込む取り組みが広がりつつある。調達は企業活動の根幹を支える大規模業務であり、その進め方が静かに変わり始めている点に注目したい。

目次

入札・調達はなぜ AI 化が難しいのか

入札業務は、企業の中でも特に複雑性が高い領域だ。入札を含む調達プロセスは、AI にとって次の点で難易度が高い。

  • 規則が多層的で例外が多い
    条件設定、資格要件、評価基準など、細かい規定が大量に存在する。
  • 文書量が膨大で、形式と内容の整合性チェックが複雑
    仕様書、資格資料、価格表、過去実績など、多様な文書を横断的に比較する必要がある。
  • 価格・技術・実績など複数軸の評価が必要
    単純な点数付けではなく、総合判断が求められる。
  • 不正・談合の検知は“微妙な違和感”を読み取る必要がある
    価格の不自然な一致、文書の類似性など、人間の経験が頼りにされてきた領域。

つまり、「大量の事務作業」と「高度な判断」が混在するため、従来は自動化が難しかった という背景がある。

科大訊飛の取り組みは何を意味するのか

今回の取り組みは、AI が調達のような複雑業務にも適用され始めたという点に意味がある。特定企業の評価というより、AI の実務領域への浸透が一段進んだという変化として捉えるのが自然だろう。

日系企業の調達は AI で補えるのか

(1)課題:日系企業の調達で指摘されるポイント

中国の現場では、日系企業の調達について次のような特徴が指摘されることがある。

  • 意思決定プロセスが丁寧で時間を要しやすい
  • リスク管理を重視し、安全側に倒した調達になりやすい
  • データ活用の仕組みが十分に整っていない場合がある
  • 文書作成が担当者に依存しやすい(属人化)
  • 確実性を優先する結果、調達価格が高くなるケースがある

いずれも日系企業の強みの裏返しでもあるが、調達のスピードや柔軟性が求められる中国市場では課題として認識されることがある。

(2)AIが補える部分:機械化しやすい領域

こうした課題のうち、AI が特に力を発揮しやすいのは次の領域だ。

  • 価格分析の自動化 
    過去データや市場価格を踏まえた比較が高速化する。
  • サプライヤー評価の標準化 
    評価基準のばらつきを抑え、判断の透明性を高められる。
  • 文書の整合性チェック
    仕様書・資格資料・価格表などの不整合を自動検出できる。
  • 異常値や不自然なパターンの検知 
    談合の兆候や不自然な価格一致などを早期に発見しやすくなる。
  • 調達プロセスの可視化と標準化 
    属人化しやすい業務を整理し、再現性のあるプロセスに近づけられる。

これらは“機械化しやすい領域”であり、AI の導入によって一定の改善が期待できる。

(3)限界:AIでは変わらない領域

一方で、AI が調達業務のすべてを置き換えるわけではない。

  • 組織の意思決定プロセス  
    どこまでリスクを許容するか、どの段階で承認するかといった判断は企業文化に依存する。
  • 本社承認の流れやガバナンス 
    海外拠点と本社の関係性は AI が直接変えるものではない。
  • 調達方針や優先順位 
    価格・品質・納期のどれを重視するかは経営判断であり、AI が決めるものではない。
  • 最終的な意思決定  
    AI が提示するのは“判断材料”であり、最終判断は人間が行う。

つまり、AI は調達業務の一部を強力にサポートするが、企業文化や意思決定の仕組みそのものを変えるわけではないのである。

入札条件の“事前相談”はどう扱われるのか

入札前に調達側と仕様や要件について意見交換を行うケースは、業界を問わず一定程度存在する。これは“仕様確認”や“要件のすり合わせ”の範囲であり、特定企業を優遇するという意味ではない。ただし、AI が導入されると、

  • 過去案件との比較
  • 条件の妥当性チェック
  • 不自然な要件の検知

が自動化されるため、こうした事前のすり合わせは、AI の導入によって徐々に形を変えていく可能性がある。

AI 調達導入時のデータ面での注意点

AI を調達業務に組み込む場合、外部サービスとのデータ連携が増えるため、どのデータをどの範囲で扱うかを整理しておく必要がある。これは調達に限らず、中国で業務データを扱う際に共通するポイントだ。また、AI が出した評価結果に対して、

  • どのデータを根拠にしたのか
  • なぜその結論になったのか

といった説明責任が求められる場面も増える可能性があるだろう。

国家能源集团の事例──調達が「黒灯工厂」化する衝撃

国家能源集团は、調達プロセスをほぼ完全に AI 化した。ここで使われる「黒灯工厂(ブラックライトファクトリー)」とは、照明をつけなくても稼働できるほど完全自動化された工場 という中国の比喩だ。調達業務が人手を介さずに 24 時間稼働する状態を指す。結果として、

  • 8200 件のプロジェクトが無人化処理
  • 18 万件の AI 無人評審
  • 評審精度 97%
  • 調達コスト 4% 削減(=年間 40 億元規模)

という成果が出ている。こうした成果は、調達業務における AI 活用の可能性を示す一例と言える。

調達の世界でも AI を前提とした進め方が選択肢として浮上しつつある

中国市場では、調達業務の進め方が変わりつつある。これから求められるのは、

  • 入札書類の整合性
  • 過去実績のデータ化
  • 価格ロジックの透明化
  • 提案書の AI 最適化
  • 調達プロセスの標準化

といった、これからの競争環境で必要となる基本能力だ。AI 活用が進む企業と、従来型のプロセスを維持する企業の間では、業務スピードや情報処理能力に差が生まれやすくなる。また、市場環境の変化に合わせて、調達の進め方を見直す動きが広がっていく可能性がある。

調達の進め方が静かに変わり始めている

科大訊飛の取り組みは、特定企業の話にとどまらない。調達という大規模業務の進め方が、新しい形に移行しつつある。日系企業にとっても、AI を前提とした調達の考え方が選択肢として浮上しつつある という点を押さえておくことは、今後の検討に役立つだろう。こうした動きは、調達領域のデジタル化が次の段階に入りつつあることを示している。今後の変化を丁寧に見極めながら、各社が自社に合った形で取り入れていくことが求められるだろう。

AI を前提とした調達の在り方は、企業ごとに最適な進め方が異なるはずです。課題整理や方向性の検討で迷う場面があれば、状況に応じてお手伝いすることもできますので、気になる点があれば遠慮なくご連絡ください。(info@tnc-cn.com)

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この記事を書いた人

神戸育ち。住友銀行入行後、大阪を中心にほぼ一貫して法人業務畑を歩む。上海支店赴任後は中国ビジネスコンサルティングに特化、2005年に日綜(上海)投資諮詢有限公司設立に伴い同社の副総経理に就任し、2011年10月より独立し株式会社TNCリサーチ&コンサルティング代表に就任。

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