かつて中国のエレベーター業界で「王者」と呼ばれていた上海三菱が日立(中国)に年間販売・生産台数で初めて追い抜かれたのが2020年。どのような流れでこの逆転劇が生じたか、検証していく。
技術優位の時代から、経営優位の時代へ

かつてのエレベーター業界では、製品の信頼性や耐久性といった技術力が競争の中心であった。上海三菱は三菱電機の技術をベースに、安定した品質と「壊れにくい」イメージで市場を席巻してきた。しかし現在では、中低速エレベーターの技術が成熟し、主要ブランド間で性能差が見えにくくなってきている。こうした「技術平権」の時代においては、製品そのものよりも、誰がより巧みに市場と顧客に向き合えるかが問われるようになっているといえよう。
日立(中国)が実行したのは
日立(中国)は、こうした変化にいち早く対応した。まず、不動産大手との戦略的パートナーシップを積極的に構築し、上位20社中16社と提携するなど、営業面での安定性と効率性を高めている。
さらに、高層ビル向けの高速エレベーター市場と、旧ビル加装や家庭用エレベーターといったアフター市場の両方に注力し、構造的な成長機会を逃さなかった。

特に注目すべきは、ブランドの再定義だ。日立は単なる「エレベーター製造業者」ではなく、「都市更新やスマートビルのソリューションパートナー」としての立ち位置を明確にし、IoTやAI、クラウドといったキーワードを軸にしたブランドストーリーを構築している。これは、単なる製品の優劣ではなく、顧客の未来像に寄り添う姿勢を打ち出すものであり、開発業者や都市計画に関わる意思決定者の共感を呼びやすいといえるだろう。
また、クラウド監視や予防保全といったサービスの高度化を通じて、エレベーターを「売って終わり」ではなく、「使い続ける中で価値を提供し続ける」存在へと変えている。これは、ビジネスモデルそのものの進化であり、収益構造の多様化にもつながっている。
意思決定のスピードも、日立(中国)の強みのひとつである。現地法人に大きな裁量が与えられており、市場の変化に対して柔軟かつ迅速に対応できる体制が整っているといえる。
上に「IoTやAI、クラウドといったキーワードを軸にしたブランドストーリーを構築」と書いたが、そこで一つのキーワードとなるのがLumadaである。日立のホームページを見ると、
「製造業、エネルギー、交通、金融、公共など幅広い分野で、
製品や制御・運用技術(OT)とITシステムで社会を支えてきた日立。
これらの知見を、急速に進化するAIをはじめとしたデジタル技術に掛け合わせるLumadaで、
人と技術、そして地球が調和する未来の実現に貢献していきます。」
と書かれているが、「日立のエレベーターは単なる機械設備ではなく、Lumadaという日立のデジタルプラットフォームと連携することで、遠隔監視・災害対応・データ活用による安全性や効率性の向上を実現しています。Lumadaはエレベーターを含むビル設備の「デジタル化の基盤」として機能しています」(日立ホームページより)とあるように、日立の成長戦略のキーワードであるlumadaを体現したものであるといえるだろう。
それに対する上海三菱は

一方の上海三菱は、依然として中低速住宅市場に強みを持っているが、家庭用エレベーターや加装市場といった新興分野への対応については、今後のさらなる展開が期待されるところである。製品の設計や装飾においては、これまでの堅実な品質重視の姿勢が色濃く反映されており、今後はユーザー体験や多様なニーズへの対応が一層期待される分野といえるかもしれない。
また、サービス方針として掲げる
- 公平公正
- 公開透明
- 迅速効率
- 合法合規
といった表現は、誠実な姿勢が伝わる一方で、ブランドとしての再定義や共感性の強化といった観点では、さらなる可能性があるようにも映る。
ただし、これはあくまで現時点での印象であり、上海三菱が持つ技術力やサービス網の厚みは依然として業界トップクラスである。今後、これまで培ってきた技術力とサービス基盤を活かしつつ、経営視点の進化やブランドの再構築に取り組むことで、さらなる飛躍の可能性が広がっていくのではないだろうか。
業界を超えて問われる「経営の構え」

この逆転劇は、エレベーター業界にとどまらず、あらゆる成熟産業に共通する問いを投げかけている。技術が平準化された時代において、企業の競争力を決めるのは、製品の性能ではなく、経営の構えそのものである。どの市場にどう向き合い、どんな価値を語り、どのように継続的な関係を築くか。そうした問いに対する答えが、企業の未来を左右するのではないだろうか。
今後の展望

市場は過去の実績よりも今この瞬間にどれだけ時代の変化を捉え、行動に移せるかを評価するのではないだろう。上海三菱の復活を期待しつつ、私たち自身もまた、変化の兆しを見逃さず、柔軟に進化できるかを問われているのかもしれない。
本稿のような業界構造の変化や競争軸の移り変わりについて、私たちは日々現場での観察と分析を重ねている。ご関心のある方は、ぜひお声がけいただければ幸いです。
