スマート化が進む中国で、4〜5%成長は本当に雇用を吸収できるのか

目次

― GDP目標の裏側にある「雇用の質の低下」という現実 ―

日本で中国に関する報道を見ると、特定業界の話題についてはいざ知らず、全体的は話をする場合はたいてい景気がよろしくない、という調子の報道が目立ちます。例えば、2026年の中国は、GDP成長率を4.5〜5%の区間目標としました。日本の報道では「景気低迷の中で成長率目標が引き下げられた」として悲観的な論調が目立ちます。一方で中国政府は、今回の目標を「最悪を想定し、最善を目指す」ための政策姿勢だと説明しています。

しかし、より重要なのは この成長率で本当に雇用を吸収できるのか という点です。

現在の中国では、以下が同時に進んでおり、労働需要そのものが縮小している状況にあります。

  • 製造業のスマート化
  • サービス業の自動化
  • AIによるホワイトカラー業務の代替

では、削減された人員をどのように吸収していくのでしょうか。中国政府の方針と、現実の制度的制約を踏まえて整理してみました。

「人的サービス」で吸収するという政府方針の限界

中国政府は、介護・保育・医療・教育といった「人的サービス」を雇用吸収の柱に据えています。しかし現実には、賃金が低く、労働強度が高く、社会的評価が低いといった理由から、若者が積極的に選ぶ職業にはなっていません。このままでは、雇用吸収の受け皿として十分に機能しない可能性があります。

必要となる制度改革

この領域を本格的に育てるためには、次のような改革が必要になると考えられます。

● 政府補助金による賃金の底上げ

介護・保育の給与を公費で補填する仕組みが求められます。

● 社会保険料の軽減

人的サービス業は利益率が低いため、雇用コストの引き下げが不可欠です。ただし、人口減少が進む中で社会保険料の負担が現役世代に集中しやすく、将来世代への影響も無視できません。

● 資格制度の整備と職業の格上げ

専門職としての地位を制度的に高め、給与体系を改善する必要があります。ただし、中国社会におけるこれら職種への価値観がどこまで変わるかも重要です。10数年前には「営業や服務員のような、頭を下げる仕事はやりたくない」という人に出会ったことがありました。現在は改善が進んでいますが、中国では、介護・保育の仕事は伝統的に 「低賃金・重労働・社会的地位が低い」 と見られがちであり、この認識が変わるには時間を要する可能性があります。

いずれにしても、補助金や社会保険料軽減は財政負担が大きく、全国レベルでの導入には時間がかかると見られます。

農民工の都市定住は本当に進むのか

中国政府は「都市化の第2ステージ」を掲げ、農民工の都市定住を進める方針を示しています。しかし、ここにも矛盾があります。

戸籍制度による移動制限という構造的問題

2010年くらいに訪れた麗江

都市戸籍がなければ、教育・医療・住宅などの権利が得られません。都市は財政負担を避けるため、戸籍開放を渋ってきました。この構造を変えずに「都市定住」を進めるのは容易ではありません。(※大都市では依然として制限が強く、構造は大きく変わっていません。)

実際に進むのは「大都市ではなく中堅都市」

2025年の夏に訪れた嘉兴 のオフィスビル群

北京・上海・深圳は今後も戸籍開放を進めないと見られます。一方で、成都・武漢・合肥・西安などの中堅都市は、すでに戸籍取得を緩和しています。つまり、都市化は進むものの、雇用吸収の中心は中堅都市に移る可能性が高いと考えられます。

屋台経済・個人事業は「安全弁」だが不安定

中国政府はここ数年、屋台経済・小規模飲食・個体工商戸(個人事業主)を積極的に後押ししています。これは雇用吸収力が高いためです。

雇用吸収規模の目安

2025年の夏に訪れた嘉兴の集合住宅
  • 個体工商戸は1億2,000万件超
  • そのうち都市部の小規模自営・屋台関連は数千万規模と推計されます
  • 新規就業者の約3割が個体工商戸に流入している年もあります

量としては非常に大きな吸収力がありますが、収入の不安定さ・社会保障の弱さという問題が残ります。

都市によっては撤去される

屋台で食べる羊肉はなぜこんなに美味しいのか? 青島の屋台にて 撮影;呉明憲

屋台経済について見ますと、景観管理・衛生問題・交通混雑を理由に、屋台が一斉撤去されることもあります。つまり、政策が揺れやすく、職としての安定性は低いと言えます。今後は「都市中心部→規制強化、郊外・夜市→緩和」というゾーニング型管理が主流になると見られます。

雇用の質は確実に悪化する。それでも国民は受け入れるのか

ここが最も重要な論点です。

若年失業率は高止まりし、「寝そべり族」「躺平」などの現象も広がっています。一見すると社会不安が高まってもおかしくありませんが、実際には大規模な社会不安にはつながっていません。その背景には、以下のような要因があると考えられます。

  • 家族によるセーフティネット
  • 地方への帰郷という選択肢
  • 政治的な抑制環境
  • 低質雇用でも「働ける場所がある」ことの優先

つまり、不満は蓄積しているが、社会不安として表面化しにくい構造が存在しているのかもしれません。

では、どの成長率なら「質の高い雇用」が生まれるのか

中国の複数の研究者によれば、質の高い雇用(製造業の正規雇用・専門職・高付加価値サービス業)を増やすには5.5〜6%程度の成長率が必要とされています。しかし現在の潜在成長率は4%台前半と推計されています。

つまり、現在の成長率レンジでは「質の高い雇用」を増やす余力が構造的に不足している、ということになります。

結論:4〜5%成長は「雇用維持の最低ライン」にすぎない

スマート化が進む中国では、人的サービスの賃金底上げ・中堅都市への都市化促進・屋台や自営の拡大・ギグワークの増加といった「雇用吸収メカニズム」が存在します。しかし、それらはどれも雇用の質を高めるものではありません。むしろ、低質雇用の拡大によって雇用統計を維持するという方向に向かっていると考えられます。

そのため、GDP成長率4.5〜5%は「雇用を維持するための最低ライン」としての性格が強いと言えます。2026年の中国経済を読み解く上で、この「雇用の質の低下」という視点は欠かせないと感じています。

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この記事を書いた人

神戸育ち。住友銀行入行後、大阪を中心にほぼ一貫して法人業務畑を歩む。上海支店赴任後は中国ビジネスコンサルティングに特化、2005年に日綜(上海)投資諮詢有限公司設立に伴い同社の副総経理に就任し、2011年10月より独立し株式会社TNCリサーチ&コンサルティング代表に就任。

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