”争いを避ける”日系企業の人事労務

先日、人事労務コンサルをしている旧知の知人と話す機会がありました。その方によれば、中国に拠点を置く日系企業は、労務問題について「争いを避ける傾向が強い」とのことです。もちろん、相手方から一方的に仲裁や裁判に訴えられれば、それに応じざるを得ません。とはいえ、多くの企業がその事態を避けるために、何とか交渉で丸く収めようとする傾向が強いのだそうです。私も同じような印象を持っています。理想的には、交渉によって会社側の希望通りに事を運ぶのがベストですが、現実はそうもいかず。しかも、往々にして「仲裁・裁判は避けること」「早期解決を図ること」といった本社からのプレッシャーもある中での交渉となるため、交渉自体が長期化・泥沼化しないように、「解決金を高めにすることで早く終わらせるというスタンスに陥っている会社も少なくないのではないかと思います。このような対応が常態化すれば、「言えば何かもらえる」「ごね得が通じる」といった風評が広がることも懸念されます。
人事労務問題にて”戦おうとしない”日系企業の心理とは?
個人的には、必要な場面では争ってもよいと考えています。ただ現実には、仲裁や裁判は時間とリソースを消費するため、手早く終わらせることが優先するのも理解はできます。
もうひとつの要因は、日本本社からの「争うな」「早く終わらせろ」という二重の圧力。たとえ現地の現場担当が戦う構えでいても、本社の方針に従わざるを得ず、結果として、従業員側に足下元を見られやすい交渉構造になってしまいます。一方で、従業員からすると「言うのはタダ」とばかり多少荒唐無稽な請求でもぶつけてみようとする人もいます。
中国の会社を清算することになった日系企業の知人の話

私の知人にも、ある日系企業で会社清算に伴い労働契約を解除される立場になった人がいました。彼は「どこまで希望を通せるだろうか」と半信半疑ながら、思い切って高めの条件を提示。するとなんと、その要求がすべてそのまま丸飲みで受け入れられたのだそうです。本人いわく「もっと吹っかけておけばよかった」とのことでした。交渉は大手法律事務所を通じて行われたようですが、私はそれを聞いて、「もしかするとその弁護士はやっつけ仕事のように流したのではないか」、あるいは「本社が最初から“これくらいまでは飲んでよい”と高めに上限設定していたのでは」と感じました。その彼も出てきた弁護士に対して早い段階で「組み易し」との印象を持ったようです。
人事労務問題にて戦った日系企業のお話

一方で、私が以前お手伝いした別の会社ではまったく異なる対応がされていました。
その本社担当者は、労務対応に関して次のように語っていました。「この条件で不満があるなら仲裁でも裁判でも何でもやってもらって結構です。10年でも20年でも相手しますから」。まさに「望むところだ」と言わんばかりの姿勢で、争いをいとわない社風を全面的に表した言葉といえます。実際この企業では、別の国で現在進行形の労務トラブルを10年単位で争った事例もあり、言葉で吹っ掛けたのではなく、本当にそのように考えていたといえます。その時は法定通りに近い水準で淡々と決着させることができました。もちろん、高騰化する経済補償金をメディアでよく見かけるようになった今の時代でも同じようにできるかといわれると断言はできませんが、それでも従業員の言い値で決着することはないでしょう。
経営方針次第で交渉の形は変わる

こうして見てみると、結局のところ企業の姿勢、特に「争いを避けるか/辞さないか」という本社の構え方が、現場の交渉力や相手との関係性を大きく左右しているのだと感じられます。
労務問題の処理は精神的になかなか大変な作業です。中国の行政手続きが面倒な時期もありましたが、最近は行政手続きもかなりシステマチックになってきていますし、そもそも行政手続きには感情がありません。労務手続きには人間の感情があり、行政手続きのように段取りをコントロールできるものではありません。そういう意味では労務問題処理は大変な作業であり、精神的にも辛く、戦わずに済むむのであれば戦わずに終わらせたいというのもわかります。とはいえ、上に書きましたように、やっていうちにノウハウもついてくるでしょうから、会社として労務管理の力をつけるうえでも戦う姿勢があってもよいのではないかと思いますが、皆さんいかが思われますか?
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