上海から蘇州へ――長江デルタ企業移転と産業再編

目次

上海発の企業移転――蘇州・杭州・安徽・南通の受け皿

近年、上海を拠点としていた製造業企業が、次々と長江デルタの周辺都市へと移転しています。機械設備や化学工業を中心に、蘇州・嘉興・南通・馬鞍山などが新たな受け皿となり、産業クラスターの再編が加速しています。

2024年上半期だけでも、上海から市を跨いで移転した企業は12,436社。平均すると、1日あたり約5.6社が上海を離れ、蘇州へと移転しています。もっと遠くに移転していると思っていたのですが、意外と近場で移転していますね。

上海市の一部の区を抜き取って見たのが下の表です。

転出元企業数転入先企業数
奉賢区2,238社蘇州市1,023社
浦東新区2,064社北京市919社
閔行区1,065社杭州市839社

業種で見た場合の移転状況はこちらになります。どういう業種がどのエリアに写っているかがわかります。

TNCリサーチ&コンサルティング作成

企業はなぜ上海を離れるのか

コスト要因と産業高度化

移転の背景には、

  • 土地
  • 工場賃料
  • 人件費
  • 水道光熱費
  • 物流輸送

などのコストが、上海より周辺都市の方が大幅に低いことが挙げられます。

加えて、上海市は

  • 集積回路
  • バイオ医薬
  • AI

を中心とした「3+6」新型産業体系の構築を進めており、伝統産業の移転を促しています。

(参考)上海市が推進する「3+6新型産業体系」とは、第14次五カ年計画(2021〜2025年)に基づき、戦略的重点産業の育成と産業クラスターの構築を目指す政策方針です。これは上海の国際競争力を高め、製造業とサービス業の融合を促進するための枠組みです。

「3+6」構成の意味
🔹「3」=リード産業(戦略的柱)
技術革新と国際競争力の源泉として位置づけられ、都市管理・医療・教育・交通などへの応用も進めるものとして、上海が重点的に育成する3つの先端産業:

  1. 集積回路(IC)
  2. バイオ医薬
  3. 人工知能(AI)

🔸「6」=産業クラスター(融合発展の基盤)
製造業とサービス業の融合を促進し、上海の産業構造を高度化する役割を担うものとして、以下の6分野で産業集積を強化:

  1. 電子情報
  2. バイオ・ヘルスケア
  3. 自動車(特に新エネルギー車)
  4. ハイエンド設備
  5. 先進素材
  6. 消費財

地方政府の資本誘致と人材施策――投資銀行的思考とは

地方政府の誘致戦略を見ていきましょう。

資本による誘致

江蘇省・浙江省では、「投資銀行的思考」に基づき、股権投資(株式投資)による資本誘致モデルが主流となっています。2024年5月の出資回数では、江蘇省が119回で首位、浙江省が88回、広東省が83回と続いています。

人材政策と支援体制

泰興市では「鳳栖高新」英才計画を策定し、トップチームに最大5,000万元の支援を実施。

産業理解と現場支援

鄭蒲港新区(安徽省馬鞍山市)では、企業の業務・製品・ニーズを深く理解した上で、実験室の設置を支援。安赐環保のリン酸鉄プロセス開発を通じて、地元の研究開発チームも育成されました。

長江デルタ26の先進製造業集積とサプライチェーン再設計

現在、長江デルタ地域には26の国家級先進製造業クラスターが形成されており、全国総数の32.5%を占めています。

  • 大型航空機
  • バイオ医薬
  • 集積回路
  • 新素材
  • ハイエンド設備

などの戦略的新興産業が中心です。

このクラスターの特徴は、省域を越えた協同発展。行政区画の制限を超え、資源共有・分業補完によって産業チェーン全体のコストを下げ、国際競争力を高めているところにあります。

先進製造業クラスター数
13
江蘇省
独立形成した国家レベル
先進製造業クラスター数
7
浙江省
独立形成した国家レベル
先進製造業クラスター数
4
上海市
独立形成した国家レベル
先進製造業クラスター数
1
安徽省
独立形成した国家レベル
先進製造業クラスター数

長江デルタ産業クラスター分布図」などの地図・構成図(TNCリサーチ&コンサルティング作成)

今後の展望

大きく4つがあげられます。

(1)産業配置の最適化

行政区画にとらわれず、都市の比較優位性を活かした分業体制を確立。ハイエンド製造業や戦略的新興産業を重点的に誘致し、地域全体のバリューチェーンを強化。

(2)デジタル化とスマート製造

AI・ビッグデータ・IoTを活用し、設計から生産・物流・販売までの産業チェーンを統合。スマートファクトリーの普及により、生産効率と柔軟性を向上。

(3)グリーン発展への転換

環境負荷の低いクリーン技術の導入、資源循環の徹底、グリーン産業パークの整備などを通じて、持続可能な産業構造を構築。

(4)国際競争力の強化

核心技術への研究開発投資、国際標準化への参画、グローバル人材の誘致と育成を通じて、国際市場での競争力を向上。

数値目標と実行計画

単なる掛け声だけではなく時期や数値目標もあります。

ハイエンド産業比率

2030年までに工業生産額の60%以上をハイエンド製造業と戦略的新興産業に。

デジタル化推進

2027年までに主要工業企業の80%がスマート製造システムを導入。

環境負荷低減

2025年までに単位GDPあたりのエネルギー消費量を15%、炭素排出量を18%削減。

研究開発投資

2025年までに地域GDPの3.5%を研究開発に充当。

人材育成と誘致

AI・IoT・新素材分野での専門人材育成と国際的な人材誘致を強化。

こうした目標が掲げられている以上、企業としてもその方向性に沿った対応が求められることは言うまでもありません。対応にあたっては、一定の投資コストを伴うケースも少なくなく、企業はその費用対効果を慎重に見極める必要があります。投資とは本来、将来的なリターンがどれだけ期待できるかという観点から判断されるものであり、短期的な負担だけでなく、中長期的な成長への寄与を見据えた意思決定が重要です。

特に今後の中国経済の動向を踏まえると、どの領域にどの程度の投資を行うべきかは、企業戦略に直結する課題となります。来年度の投資計画を検討するタイミングにある企業もう少なくないかと思いますが、制度変更や市場環境の変化を的確に捉えた判断が求められる局面ですね。

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この記事を書いた人

神戸育ち。住友銀行入行後、大阪を中心にほぼ一貫して法人業務畑を歩む。上海支店赴任後は中国ビジネスコンサルティングに特化、2005年に日綜(上海)投資諮詢有限公司設立に伴い同社の副総経理に就任し、2011年10月より独立し株式会社TNCリサーチ&コンサルティング代表に就任。

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