営業マンをしている知人の話です。彼は最近、仕事でかなり苦労しているというぼやきです。何が難しいのかと尋ねると、こう答えられました。
・Aさん
・30代後半
・日系企業の駐在員
・ある部品メーカーの営業
・駐在歴10年
・中国語はネイティブ
日本人営業マンが苦労する袖の下
「営業先の担当者が日本人で、最初から最後まで日本人と話を進められる場合はやりやすいし、話もまとまりやすい。」という事らしい。Aさんの会社は日系企業。Aさんは10年前、中国語がネイティブで話せるという事を評価され、駐在員として中国で仕事をしている。なので、中国語でしか仕事ができない現地社員相手でもコミュニケーションには問題ない。Aさんは続けて話をしてくれた。「日本人とつながっても、『今後はこの人とやり取りを続けてください』と言われ、中国人担当者を紹介された場合は、ほぼ諦めてしまう。なぜかというと、多くの中国人購買担当者は袖の下を要求してくる。自分はきれいな商売をしたいので、そんなものは渡したくない。それに、仮に渡してもいいと思っても、どのタイミングでどう渡せばいいのかもわからない。結果として、現地企業と競合するとまず勝てない。こういうことが何度となく続いたので中国人担当者を紹介された瞬間、この案件はもうダメだと感じる。」
賄賂を「貰いたがる」中国人と「渡したがる」中国人
中国人は、袖の下を貰いたがる側も渡したがる側も、「色々してもらったからお返しをしなければならない」とか「自分が色々してあげたからお返ししてもらうのは当然だ」と考える人が少なくないように思います。しかし、よく考えると、袖の下を渡す側は業務を獲得するために仕方なくそうしているに過ぎない(もちろんいいことではないですが)ケースが少なくないのではないでしょうか。一方で、袖の下を貰う側はその業務を担当している、つまり会社から与えられたミッションをこなしているだけです。そう考えると、社内のミッションをこなして給料を得ていながら袖の下を求めるのは理屈に合わないのではないでしょうか。貰いたがる中国人、渡したがる中国人には、この発想は薄いのかもしれません。あまりにも体に染みついてしまっていてなんとも思わない、あるいは必要悪と感じている、きっとこのどちらかなのでしょう。
もちろん、話をまとめる過程でアレンジャーとなる中間業者が入る場合、彼らは手を動かしているのでその対価としてコミッションが発生するのは理解できます。しかし、直接やり取りしている場合、お互いに会社の業務として必要なことをしているにすぎません。繰り返しになりますが、袖の下を貰う側は業務として与えられたミッションをこなすことで、その対価として給与を受け取っているはずではないでしょうか。
「中国人同士で話をつける」という事
日本人と中国人がペアを組んで営業活動を行うことはよくあります。営業で話がうまくまとまらない場合、中国人から「ここは中国人同士で話をつけたほうがいい」と言われることもあります。もちろん、全てが袖の下の話ではないでしょうが、こういった状況に遭遇すると「袖の下の話なのだろうな」と想像してしまいます。日本人側もそのアドバイスを受け入れ、どうやって帳簿処理をするかを考え始めます。しかし、袖の下が直接自分の目の前で渡されるわけではないため、それがそのまま相手に渡るのか、あるいは一部が自社の中国人担当者の懐に入っているのか、深く考えるときりがありません。こんな有様なので、なぜこんな大きな案件を、こんなよくわからない会社に任せたのだろうかと思う案件もありますが、きっと裏ではそういったことがあるのでしょう。資産バブルに乗っかって資産を膨らませた人も少なくないですが、それにしても分不相応な生活をしている人が散見されるのはこういう実態も一つの要因かもしれません。
9年前の日本経済新聞の記事(会員限定記事)ですが、今でも状況はあまり変わってなさそうです。
駐在員はどこまで袖の下を把握?
このような風潮は以前からあり、以前よりも減少してきたかと思っていたのですが、実際のところ、まだまだ根強く残っています。駐在員たちはどこまでこの実態を把握しているのでしょうか。状況は以下の3つのパターンに分かれます。
①会社として本当にこのような問題は一切ない
②やっているかもしれないがその事実を把握していない
③やっていると思うが、それを指摘すると社内が混乱するので黙っている
この③のパターンが多いのではないでしょう。例えば、調達している原材料が市場価格よりもかなり高いケースもあります。普通にあい見積もりすれば、こうした問題も解決できると思うのですが、単に価格が安いという理由で決めるのではなく、「総合的に判断してここに決めた」と押し切られてしまうことも多いでしょう。こういう流れで名のある「日本企業の品質の安定してる信頼性の高い輸入品」よりも「高価格の品質が安定しているのかよくわからない現地企業」の原材料を選ぶケースもありますが、第三者的にはさすがに理解しがたいです。外国人にはわからない世界が背後で動いているのでしょう。
権限移譲をいいことに
会社が大きくなるほど、高級職位にある駐在員は細かなことには手が回らなくなります。何でもかんでも自分で抱えると回る仕事も回らんくなります。当然業務を社員に割り当てることになります。権限も相応に委譲することになります。それを良いことに、任された中国人社員は、自分の懐にどうやって利益を入れるかを仕事以上に真剣に考える人もいます(もちろん全ての社員がそういうわけではありません)。そして、日本人はそれに気付いていても、社内の混乱を恐れて何もできないことが多いです。こんなやつやめさせればいいのにとはたから見て思うのですが、そのままずるずるというパターンが多いのではないでしょうか。
社員を解雇した後も業務は回るのかという不安
同じAさんが以前、ある会社で総経理をしていた時の話です。彼も③のパターンに陥ったといいます。「この人がいなくなったら仕事が回らなくなるかもしれない」という恐怖から、結局何もできなかったそうです。中国のドラマでも、従業員がクビになるシーンで「俺がいなくなったら後でどうなっても知らないからな!」と強がる場面をよく見かけます。これはドラマの世界の話ですが、実際の世界でもよくある話であるがゆえにドラマの中でもそのような描写が出てくるのでしょう。そう言われるかもしれないと恐れて対処できない日本人も多いです。後になって振り返ると、「あんなやついなくても会社は回っていたし、辞めさせればよかった」と思ったそうですがが、当時はそういう決断ができなかったそうです。
給料いらないけど仕事は辞めたくない!と懇願された事
20年ほどの前の中国の3線都市での話を聞いた事があります。そこでは日本人総経理が1人だけいた工場でした。ある経理担当者があまりにも羽振りがよく、どう見ても給料だけで生活してると思えないような絵に描いたようなド派手な生活をし始めたようです。言動や行動にも不可思議な部分が見受けられたので、慎重に調べてみると賄賂を取引先から貰ってるという事が判明しました。きちんと証拠を集めた上で経理担当者に解雇宣告をしました。そこでその経理担当者は賄賂をもらってた事を認めましたが、このようにお願いしてきました。
「給料はもう貰わなくてもいいです。お願いですから、この会社の経理担当として働かせてください!」
はじめは何を言っているのか理解できなかったのですが、経理担当者は勤務先から貰ってる給料よりも何倍もの賄賂を取引先から貰っていたので、給料よりもそのポジションを失う事が困ったわけです。そんなお願いに耳を傾けるはずもなく、その経理担当者は解雇されました。同じような話を複数回聞いたことがありますので、その時代においては散見されていたのでしょう。
どのレベルまで「郷に入れば郷に従え」?
「郷に入れば郷に従え」という言葉は大事ですが、あまりにも従いすぎて袖の下を見過ごしたり、それを主導するのは問題でしょう。中国であっても、袖の下はルール上、違反であることは明白です。駐在員がこのようなことを行い、もしこれが日本本社に知られた場合、その後のサラリーマン人生にも影響してくるでしょう。そうなる前にうまく転職する闘牛士のような鮮やかなふるまいをする人もいます。きれいな商売を目指す人にとって、この「郷」に入るべきではありません。しかし、その郷に入らずに勝負する厳しさを味わっている人も多いでしょう。また、自社内で袖の下を貰っている社員がいるようだが、どう手をつけていいかわからないという人もいるでしょう。これは一朝一夕には解決できない問題です。
必要悪? 袖の下は今もなお健在
中国人とこの話をすると、よく「人太多(人が多すぎる)」、「没办法(しょうがない」という言葉が出てきます。彼らもこれが良くないことはわかっていますが、これがいわゆる必要悪であり現実として受け入れているという状況なのでしょう。中国進出ブームだった90年代や2000年代によく聞いたこんな話、この状況もゆくゆくはなくなっていくだろうと期待していましたが、上に紹介した9年前の日本経済新聞の記事と比べて2020年代半ばになった今でになってもまだまだ残っています。一朝一夕で変わるというのも考えづらく、クリーンな商売を目指す人や正義感の強い人にとっては、まだまだ厳しい状況が続くでしょうが、それを乗り越えるのも一つの醍醐味だと割り切って頑張るしかないのでしょうか。
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